土成探検記

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<<   作成日時 : 2008/05/17 11:52   >>

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秋月城画像

秋月城 : 2008年03月

【城の概要】
 秋月城は吉野川平野を見下ろす扇状地の扇頂部に築かれた平城で、西側に侵食谷の指谷が流れ、東側にも同川の旧河道がある。 城域は東西70m、南北270mで、谷川を利用した堀の幅は広い所で25m程度である。 最北端部が一段高くなっており、的場丘と呼ばれ主郭と考えられる。 その南方一帯は馬場屋敷(U郭)と呼ばれ、現在水田になっているが広く緩やかに南側に傾斜している。

【城の歴史】
 南北朝初期に細川氏が阿波国守護として、秋月城を築き阿波支配の中心地となった。 細川頼之が管領になり、弟詮春が勝瑞に移転するとこの城の重要性は失われた。 その後小豪族秋月氏が代々居城したと言われる。画像

【探検記】
 この秋月城は旧土成町に属しています。 このブログ「土成探検記(どせいたんけんき)」を立ち上げた時には不勉強で土成町(どなりちょう)の存在を知りませんでした。 検索サイトで「土成探検」で引いて知りました。 関係者にはご迷惑をお掛けします。 町名に敬意を表した訳では無く、純粋に貴重な城址として訪問しましたが、無断で使用した仕返しを受けたようです(無論、冗談です)。

 川島から北上して四国三郎(吉野川)を渡りました。 しかも潜水橋(大水の時には没水する橋か?)を2回も。 地図で見ると中洲の様な島になっているようです。 県道139号線に入り秋月に近づいたので注意して見ていると、自動車整備工場の様な所に「秋月城→」の標識があった。 もう直ぐだとは思ったが、直ぐ目の前とは思わず更に注意して進んでも標識が見えず、その内「秋月歴史公園」の標識があったので左折して公園の駐車場に入った。 公園の案内板も無く、唯安国寺址を強調するのみで、しかも山頂に見晴し台の様なものが見えたので、ここでは無いと元来た道を引き返すと先程の整備工場の横(東側)の墓地が秋月城址でした。画像

 道路や付近の田圃から一段高くなった墓地が主郭で、そこに城址碑が立っている。 城址は県道で南北に遮断され、県道の南側の田がU郭に相当するようで、この地を要害たらしめた東の谷川址は現状でも確認出来るが、西側の谷は狭められて細い溝と化していた。 更にU郭の西側にあった神明池は堤防の改修工事の為か、池底まで工事車両が走り回っていた。 ここは南の平野を見下ろす高地になっており、もっと人里離れた場所を想像していただけにちょっとびっくりしました。(写真上:主郭、中:東側堀址、下:城址碑)

秋月(あきづき)城:阿波市土成町秋月 【城址地図】 【地形図 C2】
※ 地形図の位置:地形図を9分割(3x3)し、目的の城址がどの辺にあるかの目安とする。
上段(左から):A1・B1・C1、中段:A2・B2・C2、下段:A3・B3・C3

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