土成探検記

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<<   作成日時 : 2008/05/04 10:40   >>

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一宮城画像

一宮城 : 2008年03月

【城の概要】
 一宮城は龍王山系の山尾根の一部が東北に延びたその先端にあり、北は鮎喰川に面し、背後には重畳たる山岳に囲まれた要害堅固な城である。 城山(標高144m、比高120m)は数多くの突起からなっており、突起毎に曲輪を配置し、それぞれが半ば独立するような形で作られている。 この城は徳島県下の城郭の中では非常に大きく、特に本丸から明神丸、才蔵丸にかけての曲輪の規模は雄大で、本丸の石垣も池田城の石垣と共に徳島城に次ぐ規模である。 城域は東西700m、南北900mと言われる。

【城の歴史】
 一宮城は南北朝の初めに小笠原氏の一族が築城し、自ら一宮氏と称し長くこの城に居城した。 その後三好氏、長宗我部氏に好を通じたが、元親が阿波を平定すると元親に謀殺されてしまい、一宮氏は滅んだ。 秀吉の四国征伐で阿波に封じられた蜂須賀家政は一宮城を居城とし、大改修を行ったが居城を徳島城に移した。 その後同城は阿波九城の一つとして整備されたが、一国一城令で廃城となった。画像

【探検記】
 一宮城へは十三番札所大日寺を目指して行く。 鮎喰川と言う床しい(グルメな?)名前の川に沿って行くと右に大日寺、左に一宮神社が見え50m先の大日寺駐車場に停めさせて貰う。 一宮神社の横に城址案内板があり、そこが登山口になっている。 道はコンクリートブロックの石段で整備されており、各所の標識、案内図と誠に行き届いた配慮が随所になされていて、気持の良い城址である。 道の途中に「一宮城址保存会50周年記念植樹」の木があり、半世紀の歴史の重さとご好意に頭の下がる思いがします。

 途中の竪堀や曲輪址を見ながら、才蔵丸明神丸を経て石垣のある本丸へと導かれる。 登山口から約20分ほどでした。 本丸から鮎喰川への眺望も素晴らしく、じっくりと腰を落ち着けていたかったのですが、雲行きが怪しく降りそうだったので、下山する事にしました。 帰りは小倉丸、水の手丸経由の道を選ぶことにし、堀切曲輪等の案内を見ながら鉄塔を過ぎ、小倉丸を見る。 あれ!城郭大系等には「水の手丸」となっているが? しかし案内図にも小倉丸と明記されていて、その後に水の手丸があり、その案内板には水の手丸の字が上書きされた痕があるので何か新事実が出て来たのでしょうか。画像

 小倉丸、水の手丸を見学後、貯水池経由で帰路に着いたが、貯水池と言うより溝程度でもっと大事な所を見落としたのでしょうか。 その下の陰滝のあぶなかしい道を下りて行くと、一宮神社に辿り着く。 ぐるっと一周したことになるようです。 徳島県一番のお勧め城址で、十分満足できる土成探検でした。(写真上:本丸、中:本丸石垣、下:小倉丸土塁)

一宮(いちのみや)城:徳島市一宮町 【城址地図】 【地形図 B1】
※ 地形図の位置:地形図を9分割(3x3)し、目的の城址がどの辺にあるかの目安とする。
上段(左から):A1・B1・C1、中段:A2・B2・C2、下段:A3・B3・C3

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