土成探検記

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<<   作成日時 : 2008/04/29 10:01   >>

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屋島城

屋島城 : 1950年代

【城の概要】
 屋島城は日本書紀に「667年、大和国高安城、対馬国金田城、讃岐国屋島城を築く」とある様に、唐・新羅の来寇に備えて築かれた朝鮮式山城であると言う。 屋島は高松市の東部にあり、江戸時代に地続きになるまでは独立した島で、南嶺と北嶺からなり、頂上(標高293m)は比較的平坦ではあるが、天然の要害をなしている。

 屋島城はまだ全容が判明している訳ではなさそうで、四国新聞社の「よみがえる屋島城」によれば、「大正期に屋島城の規模は南嶺と北嶺を取り込んだ壮大なもので、西海岸の浦生地区の上方、標高100mの谷に、南北に走る石塁や城門、水門、物見台跡などを確認」。 その後屋島ケーブル駅北西の緩斜面から急斜面に変化するで南北に200mにわたり断続的に5ヶ所の石積を発見し、その石積から750mほど北側に2段の幅2m、長さ220mの帯状平坦地が確認されている。   

【城の歴史】
 667年に築城されたと言う記録だけでその後の歴史は不詳。

【探検記】
 祖母の家から海を隔てた五剣山の、頂上が平らで特徴ある山容を毎日眺めて夏休みを過ごしていたが、ある時期までこれを屋島だと思っていた。 五剣山は屋島の東にあり85番札所五剣山八栗寺のある所で標高366m、屋島は293mです。 屋島へは2,3回は行ったと思いますが、東側の崖下を壇ノ浦と説明している事に、「壇ノ浦は山口県でこんな所では無い」と幼い生半可な知識で反発していた思い出だけが残っている。


屋島城(やしまのき):高松市屋島東町 【城址地図】 【地形図 B2】
※ 地形図の位置:地形図を9分割(3x3)し、目的の城址がどの辺にあるかの目安とする。
上段(左から):A1・B1・C1、中段:A2・B2・C2、下段:A3・B3・C3

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